PTA

2014年3月23日 (日)

会長終了!

先日は小学校の卒業式が行われ、私の会長としての仕事は実質全て終了しました。
自分は大企業の一員でもなく、完全に自由人の立場に戻りましたので、今回からは書きたいことを書きまくることにします。もちろん真っ当な社会人としての立場の範囲内ですが。

来月からは一応何らかの役職は残っていますが、ほぼ普通のおじさんとしての生活に戻ります。
さて3年間やってみて、うちの学校は特別に地域の皆さんの協力が大きいことを実感しました。
たぶん他の地域の方がPTA会長になるのとは、全然労力が違うのかもしれません。
この横浜市の大倉山は地元の方も多く、やはり町づくりということに関しては、他の地域とは全然違い町を愛している感じがします。

そのなかで学校という組織はもちろん町の中の一部であり、町の施設の一つです。学校でのPTAの会員は、私を含め横浜市以外から流入した人たちが、もはや多数になっている状態で、子育てをしています。

しかしこのように地元の人が自分の町を維持しようとしている中、外部から来たよそ者の保護者(私を含む)の方は自分の仕事のベットタウンとしてしか考えていないのではないか?と思うようになりました。

先日はベビーシッター事件もありました。親が子どもを預けて仕事をしなければいけないのは、今では当たり前のことになっています。共働きをしないと生活しないといけない家庭がいっぱいあることも知っています。
ところが一方、地域の方をよそ目に高級車を買って贅沢な家に住んで、自分に時間があれば子どもたちと旅行、外食。子どもたちの学校環境も知らないで、学校でお父さんたちの指導の下で、ノコギリやノミを使ったり、一緒に火を使ってそうめんを作ったりはしないのに、お金を払って職業体験をする家庭もあります。
稼いだお金ってそういう使い方をするもんですか?

『学校に子どもを預ける』という言葉を保護者の会合で耳にしたことがありました。学校は託児所ではありません。そして先生方も社会人成り立ての人もいます。
会社で働いたことがある人ならわかると思いますが、社会人なりたての人がまともに人の教育が1年生から6年生までできると思いますか?そして全ての先生がいい先生であるわけがないことは、自分の会社を見てもわかると思います。
自分の仕事場でも若い人は毎年入ってきます。そういう人たちはいろんなサポートが必要です。
先生になりたての人に対して、うちの子がどうのこうの言う前に、自分が身を張って学校と協力して、子どもを一緒に育て、よい先生を育てていく。それが本来のPTAのあり方だと思います。

そして地域の協力が得られるのであれば、それは素晴らしい宝物ですから、お互いに力を出し合って、自分の住む地域の価値を高めていくのが、自分を含むみんなを幸せにする一歩です。

まぁ私にとっては、いい車持って、いい家に住むことなんて、人生において何の価値もありません。そんな人は少数派なのかもしれませんが、死ぬときにお金をいっぱい残しても、働かないで楽する子どもが育つだけで、ろくなことはないですからね。
ちなみに私の父方の祖父は現北朝鮮で大商店を営んでいました。
しかし先の戦争が勃発してその直後に亡くなった時には、株券と家しかなかったらしく、もちろん戦争でその株は暴落し紙切れ同前、家は終戦後ロシア軍進攻によって追い出されれました。
つまり次世代(自分の父)は、戦前の暮らしから一変して一からやり直さないといけなくなったわけです。そんな父から教えられたことは、なぜか『芸術』なのです。
父は小さいころに絵画が好きで、戦後に大枚をはたいていいカメラを買い、写真を撮るようになりました。そのうち県の美術展にも写真を発表するようになり、何かの雑誌で賞をとって、実家には岡本太郎デザインの楯もありました。

そんな環境で育ったおかげで、私の兄は美術、私は音楽をやっています。
私は子どものころは絵を熱心に描いていて、市や県からの賞を何個かもらいました。しかし高校で美術部に入り、ふと自分が本当に自由に描きたいものはなんなのだろう?と思った時に絵を描くのをやめてしまいました。もしかしたらそのまま続けていれば、絵に関する職業についていたかもしれません。
それからは、それまで並行してやっていた音楽に専念しジャズを志すようになりました。なぜなら音楽では自分がやりたいことがいっぱいあると思ったからです。

ちなみに、芸術をやっていて、私は不幸だと思ったことはありません。
不幸なのは、芸術に興味を持たないで人生を終わることだと思います。

以上長くなりました、3年間の鬱憤を噴出させていただきました(笑)

2014年3月 8日 (土)

最終PTA総会

今月で私のPTA会長としての任期が終わります。
思えば、いろんなところで挨拶をしてきました。
多くの素晴らしい人たちと出会い会話をし、勉強になりました。3年間やってみて人間的に成長したと感じます。

そして今月初めの最終PTA総会でせっかく原稿を作って、一回喋るだけで終わるのももったいないので、前にも同じ理由で載せましたが、抜粋してここに掲載します。

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皆さんこんにちは。PTA会長の姫野です。
一年間PTA活動にご協力いただきありがとうございました。

私が会長に就任した3年前の2011年4月は、皆さんの記憶にもあるように、東日本大震災が起こった次の月です。その頃には全国で人と人の繋がり、「絆」という言葉がはやりました。それから3年経った今、「絆」という言葉はハヤリで終わってはいないでしょうか?

ご存知の通り、PTAというのは任意団体です。つまり入退会は自由な団体です。しかし、小学校には自分の子どもたちが通っていますし、先生方には自分の教育環境を整える場所でもあります。何の為にPTAがあるのかと言えば、子どもたちの為以外にはありません。

この3年間、他の学校のPTA会長たちと話をする機会が多々ありました。もちろん他の会長も仕事をしていて、そんなに暇な人はいません。むしろいろんな仕事を兼任している人が多いです。時間的に自由が効くかと言えばそうでもなく、結局は各学校の役員の皆さんで協力し合って運営しています。

この小学校でも私の力が及ばないところを、役員の皆さん他会員の皆さんの協力で3年間やってこられました。ただし、現状のPTAの環境にはいろいろな無理があると思います。

先生以外の会員はほとんどが会社員で、30年前のように、どの企業も成長することが当たり前な状態ではなく、効率化を優先するために、大企業での年功序列制の撤廃と、実力重視の構造、リストラ、単身赴任、ボーナスカット、有給休暇の現金化、非正規雇用、生活保護、共働きが増え、残業や休日出勤が当たり前、そんな大人たちが生活するのに必死な現状では、仕事を休んでまで、全員が自分の子ども以外の子どもたちのことの為にまで活動することは難しくなっています。

今のPTA活動に問題があるのであれば、時代にあわせて変えて行くことが必要です。そのためにも皆さんからの意見を積極的にいただき、子どもたちの環境をより良くしていかなければいけません。

あらためて一年間、PTA活動へのご協力ありがとうございました。

2013年10月19日 (土)

PTA役員のお仕事

PTAに参加したことがある人はわかると思いますが、PTAには各委員会があり、その代表の役員がいて、月に1回程度はその役員とのミーティングを行います。
私の学校では実行委員会と呼ばれています。
たぶんどこの学校もそうだと思いますが、PTAの役員というのは皆さん進んでなりたがらないと思います。
なぜなら別にお金をもらえるわけではなく、平日の仕事を休まなくていはいけないこともあったり、子どもの病気などがあるとそんなにいつもできるわけではない、と思って躊躇をして、積極的に手をあげる人はそこまでいないでしょう。
でも、もう2年以上やって各年度で役員になってもらった人に感想を聞くと『大変でしたが、やってよかった』という声がほとんどです。
やらなきゃよかったという意見は聞いたことがありません。

私もPTA会長3年目ということで、会長になりたての頃は、もともとシャイですぐに赤面する方なので毎回の挨拶もままならないし、何をどうしていいのかもわからない状態でした。しかし、慣れというのは怖いもので、今や態度もだいぶでかくなり(笑)、そんなに喋りに困ることもなくなってきたかなぁと。

そんな会長業を推薦を受けてやり始め、やっていてよかったことがいっぱいあります。
皆が推薦しか受け付けない場合はなかなかなれませんが、自薦でOKなのであれば、PTAの何らかの役員になれるとしたら、チャンスとして活用した方がよいと思います。
自分自身は思ってなかったのですが、次のようなメリットがありました。
・自分の子どもを身近で見守ることができる
・親同士の繋がりができる
・地域の皆さんとの繋がりができる
・先生との繋がりができる
・他の学校の状況を直接知ることができる
・多くの人の前で話すコツを身に着けられる
特に大きいのは自分の子どもを身近で見守れることだと思います。

さてデメリットはというと…
・仕事の時間が削られる
・変なことができなくなる(笑)
・場合によっては子どもに疎まれる(笑)
まぁ後の二つは冗談みたいなもので、子どもに疎まれるのは、小学校ではあまりないですが、中学校になると子どもだいぶオマセさんになるので、学校に顔を出し過ぎると嫌がられるということもあると、他の学校の会長さんから聞きましたcoldsweats02
そして会長を辞めたいときはいつでも変なことをすれば、あっという間に辞められますし。
ここで「変なこと」というのは各々ご想像にお任せしますcoldsweats01
やはり一番の難関は仕事の時間でしょうね。もちろん自分の生活あってのPTAですから。
自分の場合は、もちろん全ての会合に出られるわけがないので、他の役員で割り振っています。もし会社が休みがとりにくい人や長期出張が多い人は無理だと思います。
各学校でも、この時期そろそろ次期役員の推薦が始まります。
自分を含め大変ですが、上記メリットを背負って乗り切っていきたいと思います。

2013年9月16日 (月)

PTCA

最近ではPTAに地域(Community)を合わせてPTCAという言われることもあります。なぜこのような形態が今出てきたかというと、やはりPTAの弱体化が原因だと思います。

今はちょうど子どもたちの親がロストジェネレーションと言われる世代かそれより上辺りの世代になっています。
シャッター商店街やチェーン店の台頭、グローバリゼーションによる弱小な中小企業の淘汰によって自営業も減り、多くの人がサラリーマンで働いている時代となりました。

しかもバブル世代以降は年功序列制度も崩壊し、年金も65歳以上でやっともらえるかという世代です。もちろん子どもは塾に行くのが当たり前の時代ですし、学校以外の教育にもお金がかかります。これでは将来不安も大きく、生活を維持するだけでも大変な状況です。
さらにサラリーマンの場合は、会社をそんなに自由に休めるわけではありません。多くの人が有給休暇を毎年ある程度もらっているはずですが、少なくとも私もかかわっているソフトウェア業界では、実際に使いきることができる人をほとんど見たことがありません。
その上、最も働き盛りである私たちの世代は、会社での責任を負う立場でもあるはずですので、そんなに休めるはずがありません。

そして共働きが当たり前の世の中になり、三世代で生活している世帯も少ない状態では、昼間の子どもの世話をするのは、親以外の人しかいません。
明らかに30年前とは環境が異なっているのです。

PTA活動に参加するには、平日にどちらかの親が子どものために一ヶ月に半日か一日、仕事を完全に休まないといけません。

また先生達も週休二日になったものの、子どもたちにつきっきりでいられるかと言えばそうではありません。むしろ以前より事務的な仕事が増えたり、研修が増えています。

にもかかわらず先生に対する反応が次第に過敏になり、子どもたちの学級崩壊も年々低年齢化しています。

大正時代にはPTAというものはなく、【保証人会議】というものがあったそうです。
つまり親は子どもの【保証人】であり、子どもに問題があれば親が謝りに行くような時代でした。ただこれでは先生と保護者の立場は完全に先生の方が上であるという意味で、問題ではありますが、現在はこれが完全に逆転して、前述の状態のために平日に親は学校に子どもの環境を観に来る機会は少なくなって、先生が何をやっているかも知らない保護者も増えています。そして先生の状況を知らないために、先生方の心労が重なり、辞めてしまう人を何人も見ました。

この状況を打開するためにも、PTCAが必要になってきます。先生が忙しく、親がそんなに参加できるわけではないPTAで、カバーできない部分を地域の人たちに支えてもらうのです。

これからの時代は、このPTCAという形式が、子どもたちの環境をより良いものに変えてくれると感じます。

2013年6月23日 (日)

PTAだより

うちの子どもの小学校では年に数回PTAだよりというものを発行しております。
まぁ保護者の皆様全員が目を通しているとは思えないのですが、こちらとしては結構真剣にネタを考えてます(笑)
現在もそのネタを必死に考えてますが、PTA会長になって一年が終わろうとした頃の初々しい原稿を、せっかく書いたのと、他のPTA会長さんの参考の為にも載せます。

(注)2012年の3月の文書ですので、東日本大震災が「昨年」となっています。

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「生きた情報を!」

会長になってほぼ一年になろうとしています。
右も左もわからない状態でスタートし、力不足な面が多々あったと思いますが、PTA役員以下会員の皆様、また地域の皆様の心温かい支えによって本年度を終えられることを感謝いたします。
一年間この役に身を置いてみて、いろいろメリットがありました。
特に大きかったのが先生や地域の皆様と接する機会が増えたことです。
このことは私だけでなく、PTA活動に参加された方も同様に感じたのではないでしょうか?

ところで昨年の東日本大震災では、さまざまなメディアが大量の情報を流しました。
しかし、その中には真実でなかったこともありました。
つまり現場での情報ではなく、聞き伝えだったりし、他の人のフィルターがかかっていたからです。
その情報を信じて行動してしまった方も多いことと思います。

自身のPTA活動を振り返ってみると、前年度までは妻や子や他の保護者経由で学校の状況を聞く程度でしたが、本年度から頻繁に学校に行くことによって、直に学校の環境が見えるようになりました。PTA活動に積極的に参加している方は学校の生きた情報を、フィルターを通さずに享受できます。
同時にそれは保護者と学校が正しく意思疎通ができ、正しく意見交換できるということです。人づてでなく現実を目の当たりにすること、それは自分たちの子どもを育てるために、この上なく重要なことだと思います。

今年度あまり積極的に参加できなかった皆様は、来年度は是非PTA活動に参加し、リアルな子どもの教育環境を体験していただけたらと思います。

2013年3月20日 (水)

卒業式

PTA会長の年間最後の大仕事の卒業式が無事に終わりました。
今年は自分の長男も卒業ということで、PTA会長の挨拶も思い出に残るものを考えました。
そして伝家の宝刀であるフルート演奏をしました。

演奏しようと決めたのはいいのですが、その後曲を決めたり祝辞に組み入れる方法を考えたりして、本番が近づくにつれ徐々に緊張してきました。

私は元々気質がエンジニアですので、できの悪いものを公表するというのが非常に嫌なんです。なので祝辞にしても万全を期して…と言ってもソフトウェアでいう【バグ】が必ずあるのは解っているのですが、やはりなるべくその【バグ】の無いようにしようと努めています。

なので、いろんなところでライブ演奏してきましたが、演奏が終わった時の身の削られ感というものが、多分他の演奏者よりも多いのでは?と思います。

しかも今回は2分ほどの完全なフルートソロcoldsweats02

正直やめときゃよかったと始める前は何度も思いました(笑)

でも演奏してみて、いろんな方から「感動しました」や「いい卒業式の思い出になりました」という言葉を聞いてやってよかったなぁと感じました。
これがあるから演奏はやめられない…のかな?

エンジニアとしてもミュージシャンとしてもみんなに感動を与え、そしてこれが次世代に伝わっていくことを期待して、これからも続けていきたいと思います。

2012年3月 5日 (月)

PTA総会原稿

今日はPTA総会がありました。

結構気合を入れてPTA会長の挨拶を考えたのですが、参加者が少なめで、このままだともったいないので原稿を少しだけ編集してここに載せることにします。
今日来られなかった方も是非一読してほしいのと、PTA会長になられる方の参考にでもなればということで。

------------------ ここから -----------------

右も左もわからないままPTA会長に就任してほぼ一年経とうとしています。
まずは一年務められたことは、PTA会員の皆様のサポートのおかげです。
ありがとうございました。

昨今新聞でも話題になっておりますが、PTAというのは任意団体です。
つまり入退会は自由な団体です。当たり前といえば当たり前の話ですが。

とある小学校は、事情により30年前に一度PTAを中止したと聞きました。
その関係者の話では、結局は2年間中止していろいろ問題が噴出し、ないと困るということで、PTAが再開されたということです。
再開した最大の理由は、子どもたちがかわいそうという意見が多かったからだそうです。

このことを聞き、今自分の環境でPTAがなくなった状態を考えてみました。
考えてみると、例えばイベントでの子どもへのプレゼントは特になくても困りはしません。
ただ、なかなか他に考えが及ばないので、考えやすいように自分の職業であるIT業にあてはめてみました。

PTAが無くなった状態というのは、大きなコンピュータにそれぞれの端末が繋がった、一昔前の一極集中型システムに似ています。
コンピュータが学校、各端末が各家庭に相当します。
その大きなコンピュータが故障した場合は、システムが全く機能しなくなります。
そういう問題があるため、最近のシステムでは、大きなコンピュータを何台かおいて、同じ情報を共有し、一つが故障してもシステムは機能でき、修復できるようになっています。

学校と保護者と地域というものはまさにそういうものではないでしょうか?
お互いに情報を共有しあい、お互いにサポートするところは全く同じです。

また先ほどは子どものプレゼントがなくても困らないと書きましたが、世の中には一見なくても困らないものは山のようにあります。
例えば芸術。なくても困らないし、行政が予算を削るときには真っ先に対象になります。
しかし、それがあることで生活が豊かになり、心が豊かになるのはお分かりになると思います。

PTAでの活動もそのようなもので、子どもたちの心の豊かさをはぐくみ、前述のコンピュータの話のように保護者と学校と地域のつながりが必要で、学校の現状を直接知ることができ皆で情報を共有できるということを、この一年間PTA会長をやってみて実感しました。

来年度も引き続きPTA活動にご協力のほどよろしくお願いします。

2011年5月 4日 (水)

P&T

PTA会長になったということで、頻繁に挨拶する機会が増え、文章を書くことも増えましたが、文章の方は、このブログやmixiに書き続けていることで、800字ぐらいは、あっという間に書けるようになりました。

そんな文章の中で、自分の自己紹介を書くということで、小学校の頃はどんな子どもだったかを思い出してみると…

かなり酷かったですねsweat01
ここで書くとうちの子どもがここのブログ読むのでやめますが、実家の母に聞くといろいろな悪事をはたらいているのに、本人はすっかり忘れているしcoldsweats01

ただ、小学校の時に出会った先生がよかったです。
4年の時の先生は、絵が得意で私もかなり影響を受けました。それ以来美術が得意になりた。その先生は、その前には兄の担任でもありましたし、写真好きのうちの父ともよく話をしていました。
クラスでやる劇では、普通の劇はつまらないと言ったら、『お前が作れ!』と言われて、そのまま私が考えた劇を、先生の補助を受けながら、クラスのみんなを巻き込んで作りました。
5年6年の時の先生は、今は県の校長会長をやっているらしいですが、道徳教育に熱心でした。また剣道の師範である上に、エレクトーンも得意でしたので、ここではクラスの歌を作ろうということで、作詞作曲をみんなで作ろうとしました。
いろんなクリエイティブなことを体験したのがこの先生の時でした。
またこの時の教頭先生が、なぜかうちの母と仲がよかったので、学校と家の連絡が行き届いていた感じでした。

結局、先生とそれをサポートする保護者の関係がうまくいった結果だと思います。

昨今、モンスターペアレントだとか、それを題材にしたドラマとか、先生と保護者とその地域の人の協力が、たまたま崩れてしまった学校を、面白可笑しくネタにしていますが、保護者は自分の子どもが気になるのは当たり前のことです。
私も気になるから頻繁に学校に足を運んでいるうちに、このような立場になったのですから。

子どもが小学生の方は、頻繁に学校に足を運んで、先生と仲良くなっておけば、正しい情報が交換できますよhappy01

2011年2月24日 (木)

次世代教育

最近、父親の子育てや育児参加をする人をイクメンとも言うらしいですが、私も子どもが赤ちゃんの頃から、いろいろと参加しています。
でも別に育児休暇なんてとってません。というかとれません。何しろ半分自営業者なので、休んだら単純に収入が減るだけです。

そんな中、私が次期PTAの会長候補になってしまいました。
理由はよく判らないですが、多分学校行事には積極的に参加しているからかもしれません。
自分の子どもがいる学校に対して、完全に先生に依存しているわけにはいきませんからね。

教育と言えば、以前『音楽指導システム研究会』というものに参加し、一時期は幹部もやり、そこで音楽教育を通じたいろいろなワークショップを体験しました。
そこのテーマが『子どもは音楽が好き。その芽を摘むのは誰?』でした。

同じく、文系の学校を卒業した方に聞いた話ですが、その時ほとんどの人が数学嫌いというということでした。

なぜ音楽や数学が嫌いになるのか?

数学の概念は、分類・予想などに繋がっていて、実は日常生活で自然と行っていることです。
ところが学校でやる数学は、算数の延長で、計算やら意味不明な試験問題を一生懸命繰り返し教えられます。
私が本当に数学が面白いと思ったのは大学に入ってからです。
教科書に書いてある高校までの数学は、受験の為であるものでしかありません。
そして、本当に大学が欲しい人間、社会が欲しい人間が、そのような決まりきった答えを解く能力の高い人間を集めたいのか?です。

これからの世の中は、システムが複雑になっていく為、決まりきった答えではないものを、整理し分類し、予想することで、解答の出ないものに対して、最善策を絞り込む能力が必要になります。

そのためには、教えられるのではなく、世の中にあるものに常に疑問を持ち、あらかじめ予想し、その予想を検証し、最善策を求めるというプロセスが必要です。

また、音楽が嫌いになる場合は、大抵の場合が音楽の技術的な能力に対して上下をつけることが原因ではないでしょうか?
芸術は、そもそも自己表現の世界であって、個々に優劣はありません。
難しい曲が演奏できるのも一つの個性でしょうが、それが目的になると、耳障りの悪い、難しい曲を聴かされることになります。

一ついえるのは、次世代の教育には、客観的な視点が重要であって、世間の波に流されていては、戦前の軍事教育の二の舞になりかねないということです。
例えば、気付いたら人と違うことをやっている人を非国民と呼んだりすることです。

前述の音楽指導システム研究会にいた頃に、とある大学の音楽の先生と話していて、印象的な言葉は、『ナチュラリズムは差別に繋がる』ということでした。
もちろんこの言葉に私は即座に疑問を持ち、例えば自分が日本を好きになるのは悪いことではないのでは?という質問をしました。
しかし、それが他の国との違いを明確にしてしまい、最後には自分の国がエライと思ってしまうのだと。
つまり、自分の国も好きなのと同様、他の国も好きになる努力が必要だと言うことです。
そのような客観性を認識することを仏教では般若といいますが、確かに自分がたまたま日本に生まれただけで、別の地域に生まれる可能性、障害者で生まれる可能性、病気になる可能性もあったり、たまたま自分の生まれ育った環境だけで、自分がエライなんていうのははなはだ滑稽なことです。

なんて私が偉そうなこと書きましたが、もし近所の方でこれを見られた方が居られましたら、私と一緒に、身近なところから子どもたちの環境をより良いものにしようではありませんか。
是非ご協力お願いします。

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