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2011年2月24日 (木)

次世代教育

最近、父親の子育てや育児参加をする人をイクメンとも言うらしいですが、私も子どもが赤ちゃんの頃から、いろいろと参加しています。
でも別に育児休暇なんてとってません。というかとれません。何しろ半分自営業者なので、休んだら単純に収入が減るだけです。

そんな中、私が次期PTAの会長候補になってしまいました。
理由はよく判らないですが、多分学校行事には積極的に参加しているからかもしれません。
自分の子どもがいる学校に対して、完全に先生に依存しているわけにはいきませんからね。

教育と言えば、以前『音楽指導システム研究会』というものに参加し、一時期は幹部もやり、そこで音楽教育を通じたいろいろなワークショップを体験しました。
そこのテーマが『子どもは音楽が好き。その芽を摘むのは誰?』でした。

同じく、文系の学校を卒業した方に聞いた話ですが、その時ほとんどの人が数学嫌いというということでした。

なぜ音楽や数学が嫌いになるのか?

数学の概念は、分類・予想などに繋がっていて、実は日常生活で自然と行っていることです。
ところが学校でやる数学は、算数の延長で、計算やら意味不明な試験問題を一生懸命繰り返し教えられます。
私が本当に数学が面白いと思ったのは大学に入ってからです。
教科書に書いてある高校までの数学は、受験の為であるものでしかありません。
そして、本当に大学が欲しい人間、社会が欲しい人間が、そのような決まりきった答えを解く能力の高い人間を集めたいのか?です。

これからの世の中は、システムが複雑になっていく為、決まりきった答えではないものを、整理し分類し、予想することで、解答の出ないものに対して、最善策を絞り込む能力が必要になります。

そのためには、教えられるのではなく、世の中にあるものに常に疑問を持ち、あらかじめ予想し、その予想を検証し、最善策を求めるというプロセスが必要です。

また、音楽が嫌いになる場合は、大抵の場合が音楽の技術的な能力に対して上下をつけることが原因ではないでしょうか?
芸術は、そもそも自己表現の世界であって、個々に優劣はありません。
難しい曲が演奏できるのも一つの個性でしょうが、それが目的になると、耳障りの悪い、難しい曲を聴かされることになります。

一ついえるのは、次世代の教育には、客観的な視点が重要であって、世間の波に流されていては、戦前の軍事教育の二の舞になりかねないということです。
例えば、気付いたら人と違うことをやっている人を非国民と呼んだりすることです。

前述の音楽指導システム研究会にいた頃に、とある大学の音楽の先生と話していて、印象的な言葉は、『ナチュラリズムは差別に繋がる』ということでした。
もちろんこの言葉に私は即座に疑問を持ち、例えば自分が日本を好きになるのは悪いことではないのでは?という質問をしました。
しかし、それが他の国との違いを明確にしてしまい、最後には自分の国がエライと思ってしまうのだと。
つまり、自分の国も好きなのと同様、他の国も好きになる努力が必要だと言うことです。
そのような客観性を認識することを仏教では般若といいますが、確かに自分がたまたま日本に生まれただけで、別の地域に生まれる可能性、障害者で生まれる可能性、病気になる可能性もあったり、たまたま自分の生まれ育った環境だけで、自分がエライなんていうのははなはだ滑稽なことです。

なんて私が偉そうなこと書きましたが、もし近所の方でこれを見られた方が居られましたら、私と一緒に、身近なところから子どもたちの環境をより良いものにしようではありませんか。
是非ご協力お願いします。

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